社会人になってから出るテニス大会、その面白さ

社会人の大会には、学生時代の部活とは違う緊張がある。練習量も体力も限られる中で、それでも一球ごとに自分の現在地がはっきり出る。だからこそ、大会の日は上手くいったショットだけでなく、心の揺れまで含めて面白い。

テニスの試合写真
Photo: Mariodg20 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
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呼ばれるまでの待ち時間が、もう試合を始めている

会場に着くと、コートの外にも独特の空気がある。受付を済ませ、名前を呼ばれるまでラケットを握りながら身体を温める。風の強さ、日差し、ボールの跳ね方。そうした小さな条件を確かめているうちに、気持ちは少しずつ試合へ寄っていく。

仕事や家庭の合間にここへ来ている人がほとんどだから、華やかさはない。でも、そのぶん一試合に込めている密度は濃い。限られた時間の中で、それでも今日は勝負をしたいという気持ちが、静かにコートに集まっている。

最初のサービスゲームまでが、いちばん長い

社会人の大会では、最初の数ゲームに日常から競技へ身体を切り替える難しさが出やすい。練習では入るはずのファーストサーブが浅くなり、ボレーの足が止まる。自分では焦っていないつもりでも、身体は意外と正直だ。

だから試合後に振り返るときは、「緊張した」で終わらせず、どの場面で浅くなったのか、どの配球なら落ち着けたのかを残しておくと役に立つ。負けた試合でも、次の練習テーマはそこで見つかる。

勝敗より、得意な形を何度つくれたか

スコアだけを見ると、テニスの記録はすぐ終わってしまう。でも実際には、バックに集められて崩れたのか、長いラリーで我慢できたのか、リターンから先手を取れたのかで試合の意味は変わる。

社会人テニスの面白さは、勝敗の手前にある「自分の形」を少しずつ作っていくところにもある。前回よりひとつでも再現できた形があれば、その大会は数字以上の収穫がある。

FOCUS|握手のあとに残る、同じ趣味の人どうしの距離感

試合中は相手の弱いところを探し、一球でも多くプレッシャーをかけ合う。それでも試合後に握手を交わすと、そこに残るのは同じように時間を作って競技を続けている人への親近感だ。その切り替わりの速さも、社会人大会の気持ちよさの一つだと思う。

ゲームカウントが近づくほど、腕は少し重くなる

テニスは点数が積み上がるほど、同じ一球の重さが変わる。0―0で打つセカンドサーブと、ゲームポイントで打つセカンドサーブは、技術的には同じでも身体の感じ方が違う。腕が少し固くなり、ネットが普段より高く見える。

そのときにいつもの動作へ戻れるかが、試合の面白さでもある。深呼吸する、ボールをつく回数をそろえる、狙いを一つに絞る。小さなルーティンは派手ではないが、揺れた気持ちをコートの中へ戻すための手すりになる。

ミスした直後の一球に、その日の自分が出る

ダブルフォルトのあと、簡単なボレーを外したあと。社会人の試合では、ミスそのものより次の一球のほうが大事だと感じることがある。取り返そうとして強く打ちすぎるのか、いったん長いラリーへ戻すのか。感情の扱い方がそのままプレーになる。

練習なら「もう一本」でやり直せる。しかし試合では、その失点を抱えたまま次へ進むしかない。失敗を消せない状況でどう立て直したか。その記憶は、勝った試合より負けた試合のほうが鮮明に残ることもある。

帰り道で、悔しさが練習メニューへ変わっていく

試合直後は、負けた理由を冷静に整理できないことがある。相手のショットばかり強く見え、自分のミスばかり思い出す。それでもラケットをしまい、会場から離れるころには、少しずつ具体的な場面へ戻っていく。

あのセカンドサーブを狙われた。浅い球で前へ出られなかった。そこで初めて、悔しさが次の練習メニューへ変わる。社会人の大会は、日曜の一試合で終わるのではなく、その後の平日の練習へ細く続いている。

ハレのひとこと

大人の大会は、上手くいかなかったことまで次の練習の材料にできるところがいい。勝敗より先に、その日どんな自分でコートに立てたかを残したいです。

特定の大会結果を扱う記事ではなく、社会人テニスを続ける中で感じやすい空気や振り返りの視点をまとめた編集メモです。
編集:ハレ